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第1回
直方石炭記念館
筑豊の歴史、筑豊の町をご紹介していく筑豊ノスタルジア。長くこの地で生活していても、知らない過去や知らない場所、意外と沢山あるものです。そんな筑豊を一緒に再発見していきましょう!「ここを紹介して欲しい!」「こんなことを調べて欲しい!」などのご意見・ご感想もお待ちしています。m(_ _)m さあ!記念すべき第一回目は「直方石炭記念館」です。

飯塚や田川からJRで直方へ向かうときに見える看板でご存知の方も多いはず!多賀神社外苑運動公園の一角にあるのが直方石炭記念館です。昭和46年7月20日、エネルギー革命によって消えていく炭鉱の歴史を未来の子供たちにも伝えていきたいと誕生しました。

本館、別館、石炭化学館の三館から構成されています。本館の建物は、明治43年8月に筑豊石炭工業組合の直方会議所として建てられたもので、裏手にはガス爆発や、落盤などの炭鉱災害の教護訓練を行っていた「もぎ坑道」があります。「もぎ坑道」では本物の坑道により近い状況を作るために、薪を燃やして坑道内を40度にして練習を行ったといいます。

ここでちょっと、筑豊の炭鉱の歴史を見ていきましょう。
1478年(文明10)に五郎太夫が「燃える石」を発見したところから筑豊炭田は始まります。筑豊炭田とは遠賀川及びその支流に沿える低地を占めて、わが国でももっとも主要な石炭の産地でした。1478年時は筑豊の各地でお百姓さんやきこりさんたちが家庭用として掘って使っていたようです。その後黒田藩のときに、焚石会所を設けて藩の取り締まりの元に採掘するようになりました。堀川の運河もこの時作られます。

さらに明治に入り炭坑の経営が一般民営になり、益々石炭採掘は盛んになりました。筑豊炭田では、明治年間に約1億トン。大正年間に約1億6千万トン。昭和年間に約5億9千万トンもの石炭が採掘されました。採掘した石炭の輸送方法も、川ひらた(五平太舟)から蒸気機関車へと移り、筑豊にも石炭で財を成した御三家といわれる人々が出てきます。炭坑内や近隣の町だけで使える独自の金券なども生まれ、筑豊はにぎやかな町になります。

しかし、昭和30年ごろからは石油など他のエネルギー資源へ移り変わっていき、44年に筑豊炭田は幕を閉じました。今ではすっかり様変わりし、炭坑って何?石炭見たことが無い。という人もいるかもしれません。

直方石炭記念館には、実際に炭坑内で働いていた方が身に付けていた腰巻やお弁当箱など2400点以上の写真や資料が展示してあります。日本一大きな石炭塊や、世界でたった一つ残っている1907年製のドレガー救命機などここでしか見られないものも満載です。肥料や染料、医薬品に印刷用インクなど実は意外と今でも身近なものの原料となっている石炭。その石炭の歴史、石炭で栄えた筑豊の歴史、直方石炭記念館で勉強してみませんか?

直方石炭記念館はJR直方駅から徒歩10分。
開館時間 9:00〜17:00(入館は16:30まで)
入館料 一般100円 大学生・高校生50円 中学生30円
休館日 月曜日・第三日曜日・祝日・年末年始
お問い合わせ 0949-25-2243





日本一大きな石炭の塊。



世界でたった一つのドレガー救命機。



炭鉱や周辺で使われていた独自の金券。



歴史を物語る貴重な写真。



勇敢な鉱夫たちの像。



屋外展示場もあります。これは実際に石炭を運んでいた機関車。



硅化木(けいかぼく)という石炭層に含まれる木の化石。




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